無痛分娩 Q&A

Q16. 硬膜外鎮痛を受けると赤ちゃんに影響はありませんか?

生まれた直後に現れる影響について:

生まれた直後の赤ちゃんには硬膜外鎮痛の影響はほとんどの場合ありません(※1)。それは、硬膜外鎮痛が背骨の中の限られた空間に薬効が留まり、赤ちゃんまで麻酔の効果が及ぶことがないためです。ただし「ほとんど」と書いたのには理由があります。

ひとつには、生まれた直後の赤ちゃんに対する硬膜外鎮痛の影響に対する評価が、まだ一定していないことが挙げられます。硬膜外鎮痛を受けたお母さんから産まれた赤ちゃんが、お産直後(1~5分間程度)の元気が少なかったり(※2,3)、場合によっては新生児科医のサポートが必要となる割合が増加するという報告(※4)があります。しかし、より最近の分析数の多い良質な研究(※5)では、お産直後の赤ちゃんの元気度はむしろ硬膜外鎮痛をした方が良くなり、赤ちゃんの呼吸サポートなどに関しては問題となるほど増加しなかったと報告されています。評価が一定しない理由には、お産には麻酔だけでなく様々な要素が絡み合うことが原因だと考えられています。麻酔が影響しなかったとしても、お産には赤ちゃんにとって多くのリスクがあります。

もうひとつは薬剤の使い方です。現在の硬膜外鎮痛では、薄い局所麻酔薬に少量の医療用麻薬を用いて行う方法が主流です。この方法を調べた研究では、お母さんに投与した麻酔薬の一部は赤ちゃんに移行しましたが、生まれた時の赤ちゃんの状態や刺激に対する反応は正常でした(※6)。しかしながら、非常に濃い局所麻酔薬や医療用麻薬を用いると赤ちゃんに影響があることが知られています(※7,8)。したがって、正しく安全な方法で薬剤を用いることが前提となります。

生まれた直後の赤ちゃんには硬膜外鎮痛の影響はほとんどの場合ありませんが、お産の負担によって生まれた直後の赤ちゃんの状態が悪くなることは起こり得ることです。硬膜外鎮痛を適切に行うことや、お産が赤ちゃんに及ぼす負担を評価しどう軽減するかを考えることが、私たち周産期医療従事者の責務です。

生まれた後に時間がたって現れる影響について:

硬膜外鎮痛を受けたお母さんから生まれた子どもたちの発達過程が、受けなかったお母さんから生まれた子どもたちと違いがあるかを調べた研究があります。19歳までの学習障害(IQと読む、書く、算数のテスト結果から評価)の有無を指標とした研究では、硬膜外鎮痛を受けたお母さんの子どもと受けなかったお母さんの子どもの間に違いはありませんでした(※9)。一方で2020年にアメリカから、14万人の医療保険記録を解析した結果、硬膜外鎮痛を受けたお母さんの子どもは受けなかったお母さんの子どもよりも自閉症のリスクが1.37倍高いという研究論文が出され、大きな話題となりました(※10)。ここで大切なことは、一つの研究論文のみを根拠として結論をだすべきではないということです。自閉症はいまでも病態の解明が続けられていて、発症には多くの因子(遺伝学的、非遺伝学的、環境)が関与する複雑な発達障害の一つです。この論文については、硬膜外無痛分娩と自閉症が直接関連しているのではなく、硬膜外無痛分娩と自閉症に共通する因子があり、そのために関連しているように見えるのではないかと考えられています(※11)。その後、硬膜外無痛分娩を受けたお母さんの子どもはそうでない子どもよりも自閉症のリスクが高いかどうかが、同様の方法で調べられてきました。わずかではあるがリスクが高いとの結果(※12-15)、リスクが下がるとの結果(※5)、そしてリスクは高くないとの結果(※16-20)が得られています。リスクが高いとの結果を示した論文でも、その違いはとても少なく、先に述べたように硬膜外無痛分娩と自閉症に共通する因子があるために、違いがあるように見えているのではないかと考察されています。これらの研究結果を解釈するうえで、もう一つ大切なことは、これらの大規模な医療記録を用いた研究では行われた硬膜外無痛分娩の内容が分からないことです。たとえば、用いられた局所麻酔薬の種類や濃度、痛みがどの程度取れていたのかなどです。 硬膜外無痛分娩は、より多くの麻酔薬が用いられていた時代から,現在ではより少ない麻酔薬の量でより良い鎮痛を達成してきました。お産の進行の妨げにならないように、そしてお母さんから赤ちゃんへ移行する麻酔薬の量が少なくなるように、進歩し続けています。

確かに現時点ではっきりとした結論を出すことはできないものの、子どもへの長期にわたる影響を心配して硬膜外無痛分娩を避ける必要も、すでに硬膜外無痛分娩で出産した女性が罪悪感を抱く必要もないとの考えが、広く受け入れられています。私たちは、出産のごく限られた時間に提供される硬膜外鎮痛が、生後長期にわたり子どもたちに影響を与える可能性については今後も注視しつつ、お産の経過にできる限り影響しない、より良い硬膜外鎮痛を提供する努力を続けていきます。

  • ※1. Lim G et al. Anesthesiology. 129(1): 192-215,2018
  • ※2. Kurakazu M et al. J Obstet Gynaecol Res 46: 425-33, 2020
  • ※3. Watanabe K et al. J Obstet Gynaecol Res; 49: 1144-53, 2023
  • ※4. Ravelli ACJ et al. Acta Obstet Gynecol Scand 99: 1155-62, 2020
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  • ※9. Flick PP et.al. Anesth Analg. 112:1424-1431,2011
  • ※10. Qiu C et.al. JAMA Pediatr. 174: 1168-1175, 2020
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  • ※20. Kearns RJ et.al. Curr Opin Anaesthesiol. 37:227-233,2024